2005年 7月 14日

片方だけの靴

投稿者 by at 15:17 / カテゴリ: / 19 コメント / 0 TrackBack

今日、通勤途中の車の中から、一足の靴を見ました。

私は創造力はあまりなく、想像力はわりとあるほうかと思いますが、
最近、これは『妄想力』なのでは・・・と怖くなります(苦笑)

ちなみに、その「片方だけの靴」は中央分離帯にあり、
完全にはぐれて途方にくれている状態でした。

・・・・・・・?

信号待ちをしながらその薄汚いスニーカーを見ていると、
いろんなことを想像(妄想)していました。。。

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まず「なぜこんなところに、片方だけの靴があるのか?」と不思議です。

小学生的発想で考えるなら、
誰かが事故で車にはねられて救急車で運ばれていったが
靴が一つだけ脱げていて・・・という「悲しい遺品」説。

ものすごく現実的に考えるなら、
夕方、ライトバンに詰め込まれた仕事帰りの疲れきってる作業員が
窓から足を投げ出していたら靴が一つ脱げてしまって・・・
という、ある意味「ひねくれた発想」説。

どちらも全くの見当違いかもしれないですが、
真実は一つだけでしょう。
(答えはあの靴と、靴の持ち主だけが知っています)

もしかしたら、ホームレスの方がイジメに遭い、
こんな横断歩道もない片側3車線の道路の中央分離帯まで
靴を投げ込まれた・・・かもしれないです。(このへんから妄想?)

ところで、今はホームレス、という言い方が主流ですが、
昔は乞食とかルンペンって言いましたねぇ。(差別用語なのかな?)

先日、松本清張の名作『砂の器』の映画(DVD)を見たせいか
ふと「乞食の宿命」などに思いを馳せ始めてしまいました。
(朝っぱらから結構せつないな~)

『砂の器』の時代ってスゴイな、と古い映画ながら釘付けでした。
とにかく、何だか懐かしいのです。
風景というか、時代というか、「情景」でしょうか??

走っている車が何しろ懐かしいし、描写の一つひとつが
その時代の日本をものすごく思い出させます。

特急電車が90度の背もたれで、めちゃくちゃ狭い食堂車、
出てくる人出てくる人が昔の両親の写真を見るような服装で、
真夏の暑さが画面からにじみ出るような光景が続きます。

田舎の警察署は質素で事件のない平和さを醸し出してるし、
遠方からやって来た捜査官に扇風機を向けたり、蝉の声がワンワンしたり。
東京へ戻ってくると、重苦しい石造りの天井の高い警察署で
やはりみんな汗を拭いながら慌しく警察官が働いていて
小さな事件に構っていられない雰囲気に様変わりしたり。

かと思えば、場末のスナックに聞き込みに行くと
もう当時ありきたりであろうと思われる小さな店内と店員の様子が
うわ~妙に普通でリアル!と目が離せないのです。

もちろん、お金持ちの描写では、高級なクラブと思われるお店が出てきたり
のちに死んでしまうキレイで薄幸そうなお姉さん(島田陽子)が出てきたり、
傲慢そうな政治家のゴージャスな応接間、怪しいお話し合い・・・
んで、やっぱりこの家にはクーラーがあるんだ~みたいな。

捜査をするのに各地に飛び回り(今では簡単に調べられるようなことも)
さらに田舎へ行くと駐在さんがいて、ビシと制服を着ておられます。
いや~緒方拳がめちゃくちゃ素敵でした、今でも素敵だけど!!

主役の丹波哲郎は若いし、粘りのある捜査にカッコ良く見えちゃうし、
原作の緻密な設定や描写が素晴らしいからか
それをスクリーンにものすごく誠実に自然に入れたからか、
セリフがそんなに多くなくても、ものすごい伝わってくるものが多いです。

警察の捜査が本当に「足」と「地道さ」だけの時代の凄さというか・・・

ということで、内容は本当にせつないというか、もの悲しいというか、
サスペンスでありながら熱い内容で、リメイクされるワケもわかります☆
内容はとても説明できないので見てください。泣けます。

というか、落ちていた靴一つで妄想しすぎです。(苦笑)

同じ妄想なら、83年の『大逆転』(ダン・エイクロイドとエディ・マーフィ)
とか想像して楽しく愉快に、貧乏とお金持ちやその友情について妄想したほうが
楽しいかもしれないですね~。

そんなカンジで。

通勤ドライブの15分間に、謎の片方だけの靴のせいで妄想しすぎ、
出社した頃にはしんみりしていたのでした。

言い訳するなら、「そこに靴があったから」!

2005年 7月 12日

Dちゃん

投稿者 by at 16:01 / カテゴリ: / 193 コメント / 0 TrackBack

Dちゃん、というのは、会社の整備士のおっちゃんです。

60歳前のオジサマをつかまえて「Dちゃん」というのも
どうかと思いますが、入社当時から
奥様がDちゃんと呼んでいたので、真似して呼んでいたら
そのまま10年間、「Dちゃん」のままです。

傍からみると、『えぇっ?!なんでDちゃん呼ばわり?!』でしょうが、
当の本人は、その親しみを込めた愛称を喜んでいるようだったので
たしなめられることもないまま現在に至っております。

何を喋っているんだか、書いた字も何て読むんだかわからないような
頭の先からつなぎの先(?)まで油まみれのおっちゃんですが、
そのどうしようもないカンジが何とも憎めない人間なのです。

私にとっては、気の置けないお父さんのような存在ですね。。。

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私が入社当時は今のように仕事もできませんでしたので
まずは使えるところに使う、というような働き方をしていて、
わりと車の運転が上手かったことから納車や引取りの手伝い、
車検受けの手伝い、が多かったです。

ですから最初は、奥様の事務の手伝いか、
Dちゃんのもとで車検受けの手伝い、が主な仕事でした。

何もわからない私に、なんやそんなこともワカランのかぁ~?と
妙な訛りで呆れながらも、とても丁寧とは言えないけれど
わかりやすい指導でアレコレと教えてくれ、とても有難かったです。

長年見てきて言えるのは、基本的にDちゃんは人なつっこいです。
すぐ誰でも信用するし、誰に対しても同じ態度です。
仲の良い人にはあれこれたくさんお喋りするし、
悪態をついてみたり愚痴をこぼしてみたり、
かと思うと猫なで声を出してお願いをしたり・・・なかなかすごいキャラです。

でも、このキャラが何とも憎めません。

行政書士のKさんと飲みに行って酔っぱらって話をしていたら、
「行政書士の『士』は武士の『士』だぞ!」とふんぞり返られ
「整備士の『士』も武士の『士』じゃ」とポツリと言い返したり、
ホンダのスポーツカーをノリノリで直しているのを見てると
「俺が最も得意とする車だぞ」と直訳した英語のような喋り方をしたり、
何かしらミスをして私も巻き込まれてバタバタしてるときに
「もう~!だいたいDちゃんが☆〇#%★・・・」と私が怒っていたら
「すすすすまん、、、みなまで言うな」と泣きそうな顔で言ったり。

もう~(苦笑)と肩の力が抜けて許せてしまうキャラなのです。

その分、かなり図々しいところや甘えたところもありますが、
周りに許されてきたからこその性格であると思うし、
本人に悪意がないのが丸わかりで、多少キャラが濃いけれど悪い人じゃないし、
こんなお父さんなら家族も呆れながらも大事にしてくれるだろうな、と思います。

お父さんも人間だし、完璧である必要などないのだなぁ、と
Dちゃんを見ているとつくづく感じます(笑)

Dちゃんには3人のお子様がおり、一番上の娘さんが
私より少し年齢が下なだけということもあり、
仕事のできない私を最初から可愛がってくれました。

家族の話もよくしてくれて、
奥さんがガンで早くに亡くなってからは男手一つで3人の子供を育て、
一人娘だった奥さんのお母さんと一緒に生活しながら
今も「金ない、金ない」(←口癖)と言いながら頑張っています。

看護師だった自慢の一番上の娘さんが2年ほど前に結婚し、
昨年お孫さんができてからは、常に孫の話で持ちきりの「祖父バカ」です。

そんなDちゃんが何ともわかりやすくて私は好きです☆

一番下の男の子は中学の時から優秀で(10年前は中学1年でした)
中学の卒業式のときに書いた「家族への手紙」というのを読ませてもらったときは
感動して泣いてしまいました。
(完全に他人事ですが、家族への愛に満ちたとても良い手紙でした)

その子もこの春には大学を卒業し、しっかり学校の先生となり、
Dちゃんの自慢がまた増えた形です。

二番目の男の子は、悪ぶってみたりしてましたが
年頃の田舎の子なら普通といえば普通です。
Dちゃんは「あいつはどうしとるんかワカラン」などとボヤいてましたが、
昨年、彼が居眠り運転でトラックと正面衝突したときは
死ぬんじゃないかと必死で病院にかけつけ、大変でした。
内臓破裂で一時は危険な状態でしたが、手術も無事成功し、
今は元気にしているそうです。

彼もさすがにDちゃんの存在に感謝して、
これからは自分と周りを大切に生きてくれるのでは、と思います。

Dちゃん自身も、母性本能をくすぐる系だからか
おばちゃんにはよくモテるようですが(昔の写真を見ると結構男前です)
せっかくできた若い彼女があまりにもワガママ言うので
「女はオマエだけちゃうんやぞ!」と有り得ない啖呵を切って
(→「オマエ」だけだったと思われます)
捨てられそうになって落ち込んでいたり・・・

目が離せない生き様で、どうにも気になってしまいます(苦笑)

そんなDちゃんを含め、会社で働いてくれている
一生懸命なお父さん達の平凡な日々に支えられて、
今の私の毎日があるのです。

どうか、お父さん達。
完全無欠じゃなくていいから
弱音も吐くときは吐き、強がりたいときは強がってみせ、
自分を表現しながら愛され上手でいて下さい。
そして、家族やバックグラウンドに支えられた自分に自信を持って
矢面に立ったり影になったり柱になったりしつつ、
世の中を支えていって下さいね。

いつでも応援しています。

2005年 7月 11日

Kちゃん

投稿者 by at 16:54 / カテゴリ: / 137 コメント / 0 TrackBack

今日は、Kちゃんの息子の2歳のお誕生日です。
おめでとう~!!

Kちゃんは、私の中学の時の部活動で一緒だった1年後輩です。
中学のときはとても仲が良かった(←つもり)のですが、
さすがに卒業してからは生活も学校も違ったため
自然と会わなくなっていたのですが・・・

私が21歳のときに、街でバッタリ再会し、
それから今まで、かなりのハードコアな思い出を共有する仲であります。
(ウソ。とっても楽しい思い出がほとんどです)

とにかく、私が『心友』と勝手に思っている人の中の主要な一人です。

そんな彼女が鼻からスイカを出す思いで産んだ子どもが
もう2歳・・・年月の経つのは本当に早いものですね。。。

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Kちゃんとは、再会してからというもの、
ほとんどの週末を一緒に過ごしていたのではないか?!というぐらい
蜜な間柄となりました。

Kちゃんが結婚してから、いや、旦那様と出会ってからは
なかなか会う機会も激減してしまったけれど、
はっきり言って、私がKちゃんの「昔の彼氏」と言っても過言でないほど
どこに行くときも必ず一緒♪というカンジでしたね~(懐かしいなぁ)

習慣というのは恐ろしいもので、再会してからしばらくは
「先輩と後輩」という雰囲気だったよーな気もしますが、
逢瀬を重ねる度に(←×表現が行き過ぎてる?)
会わないと落ち着かない、毎日電話する、っていう異常ぶりに。(笑)

今思うと何だったのでしょう?という間柄ですが、
まぁ若かったということです。(要約しすぎ?!)

私はKちゃんが好きだったんでしょうね。気が合うというか、
気兼ねせずに何でも話せるというか、妹みたいなものです。
(妹は二人いるし、ほかにも妹分はおりますが)

Kちゃんが当時どう思っていたのか、わかりません。
まったくもう、気まぐれな先輩に付き合わされてさんざんだわーぐらいに
思っていたかもしれないし、どうやったら怒らせずにお誘いを断れるか?と
悩んでいたかもしれない。(あまり考えたくないが)

でも、楽しんでくれていたと思います。
私の友達はほとんど全て一緒に遊んだことがあるので知っているし、
いろんな出会いや仲間、いろんな遊び、別れも共有してきたし、
しょーもないことを喋りながらファミレスでお茶したりドライブしたりを
延々と8年ぐらい続けていたのですから。

たぶん、何度も愛想尽かされるほどひどいことをしたり言ったりも
あったと思うのに、よく縁を切らずに付き合い続けてくれたものだ・・・と
今思い出しても感心するし、有難く思います。

私の遅い青春を語るのにKちゃんははずせないのです。

そんなKちゃんに彼氏をつくる!というのが長年の夢(目標)であり、
それを達成し、今、Kちゃんの愛息子が2歳になるという現実こそが
まったくもって夢のようです。

Kちゃんと旦那様が出会った瞬間に立ち会うことができたし、
おかげさまで結婚式でも親族一同に感謝され光栄に思うとともに、
これは何としてでも幸せになってもらわねば!と
微妙にプレッシャーを感じるほどの緊張した喜びもありました。

でも、それもこれもKちゃん自身が切り開いた運命であり、
Kちゃんがすべてに対して頑張ってきた成果なのですから、
私の存在など、やはりちっぽけなものです。

今は子離れした親の気持ちのようになって(←妹みたいと言ってたくせに)
Kちゃんの幸せな生活を暖かく見守りたいと思っています。

小うるさい先輩がとやかく口を出さなくなって、
今はさぞかし平和な毎日でしょう。(苦笑)

で、実際のとこ、どうだったのよ?ってなヤボなことは聞かない主義なので、
今日はとりあえず、息子さんの2歳の誕生日のお祝いと、
昨日がKちゃんの誕生日でしたのでWのお祝いをしに
久しぶりにKちゃんのおうちへ寄ってから帰りたいと思います。

では、思い出話に花を咲かせすぎないよう気をつけて
いってきます!

2005年 7月 06日

MちゃんとEちゃん

投稿者 by at 16:16 / カテゴリ: / 102 コメント / 0 TrackBack

先日、婦人科でガン検診をしてきました。

30歳を過ぎたら検診には行ったほうがいいと
母からはよく言われていましたが、何しろ健康体のため、
きっかけをつかめずにいたところ、Mちゃんに誘われ
Eちゃんと3人揃って「婦人科検診ツアー」をすることになったのでした。

婦人科というと「一人で行くもの」という印象ですが
久しぶりに会ったこともあり、3人で声をひそめながらも
ひたすらお喋りしながら待ち時間を過ごし、とても楽しかったです☆

そのうち、年金生活をする頃には
耳鼻科などで待ち合わせをして井戸端会議でもやりそうで
我ながら末恐ろしいです。。。

まぁ、Mちゃんはニュージーランドで生活しているので
その会議には参加することもあるかどうか微妙ですが。
(・・・会議はやるという前提でしょうか?)

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ところで、MちゃんとEちゃんは私の6歳下で
一緒にどこかへ出かけると大抵「どういう関係?」と聞かれます。
(明らかに同い年には見えないですしね)

説明して一度で理解してくれた人はほとんどいませんが、説明すると、
私の大学時代の友達(以下Jちゃん)の旦那様の会社のアウトドア仲間のリーダーが
Eちゃんのお父さんで、EちゃんとMちゃんとは中学時代の水泳部以来の友達です。

要するに、私とMちゃんは大変縁遠いことになり、
一言でいうなら「友達です」としか言いようがない関係です(苦笑)

知り合ったきっかけは、数年前にJちゃんに誘われて彼女の旦那様の仲間と
みんなでキャンプか何かに行ったときに、Eちゃんのお父さんに
大変良くしてもらったからです。

リーダー的存在のEちゃんのお父さんは、大変おおらかで面白い人で、
完全に部外者であった私を快く受け入れてくれて、いろんなお話をしてくれました。
たまたま私が初めて参加させてもらったときにはEちゃんが来ていなくて、
「いつもは娘が一緒に来るんだけどね~♪」とEちゃんの話や
奥さんの話を嬉しそうにしてくれたのを覚えています。

とっても家族を大事にしているのだなぁというのが伝わってきて、
「素敵なお父さんである」ということは、誰からも好かれる要素だなと思いました。

最初がそれだったので、私はJちゃんに誘われてこの仲間と
アウトドアするのが大変楽しみになり、車を買い替えてしまったりして(←四駆に)
それから何度か皆と一緒させてもらいました。

Eちゃんは、私が二度目の参加の時には来ていて、
泊まりがけで行ったキャンプで夕方から大雨になり、川のそばのテントで
Eちゃんのお父さんとEちゃんと3人で一緒に横になって、
「夜中のうちに増水してテントごと流されやしないか?!」と笑いながら
テントにたたきつける雨と川の流れの轟音の中、
Eちゃんのお父さんとお母さんが出会った頃の話などを聞きだし、
「そんな話、初めて聞いた~」とEちゃんが苦笑していたのが
最初の夜だったと思います。

その後、たぶんまもなく、Eちゃんが私と会うときにMちゃんを連れてきて、
Mちゃんがなぜか私を気に入ってくれたので
生活時間帯の合うMちゃんと私はよく遊ぶようになりました。

こうして、まったく年の離れた縁の薄いはずの彼女たちに仲良くしてもらい、
気がつけば去年のMちゃんの結婚パーティにも呼んでもらったり
(Eちゃんのそばで幹事らしき手伝いもさせて頂くことができました)
Mちゃんが結婚したJ.D(ニュージーランド人)にも何度か会うことがあったり、
今はJ.Dのお国へ行ってしまったMちゃんともかなりの頻度で
メールをする仲です。

今回はMちゃんの帰国のタイミングを見て、久しぶりに3人で会い、
しかも揃って婦人科へ行くことができて、また愉快な思い出ができました。

Eちゃんのお父さんは急病で昨年亡くなってしまったけれど、
お父さんのおかげで知り合ったEちゃんともMちゃんともずっと友達でいたいと思うし、
素敵なお父さんがいたことは誰もが忘れない事実です。

私が好きな言葉の一つに『一期一会』があります。

でも、「知り合った瞬間」に何かが変わるのではなく、
続けることで初めて「出会った瞬間」が意識できるのではと思います。

ちなみに、今回検診してもらった婦人科の先生は、
Mちゃんが某Sホテルのスポーツジムで在勤中に知り合ったジムの会員様で
紹介をいう形で検診に初めて来たわけですが・・・
なかなか面白そうな豪快なお姉さま(?おいくつなんでしょう?)です。

今週末は検査結果を聞きに行かなくては。
彼女にまた会うのを楽しみにしたいです(笑)